タイのお寺に魅せられて  ~タイ百寺巡礼ログ+アジアのお寺~

タイのお寺が好きな@yayoiです。アジア駐在歴通算16年目。タイで大きく人生が変わりました。タイを起点にアジアのお寺や仏像を研究中!

36番 修復のたびに外へと巨大化した大仏塔のお寺

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 ワット・プラパトムジェーディー ナコンパトム県 

サワディーカー。

@yayoiです。

 

2011年に1度訪れて、いつかまたゆっくり見たいと

思っていた大仏塔、プラパトムジェーディー。

タイ政府がCovid19のロックダウンを解除した

今年2020年6月、思いきって再訪してみました。

カバー写真は2011年に訪れた時に撮ったものです。

 

 

 

 

ワット・プラパトムジェーディーの歩き方

  

最近でこそ、本のガイドブックを買うことが

なくなりましたが、以前は『地球の歩き方』という

ガイドブックが大好きで、旅行に行くたびに買って、

本棚に増えて行くのが嬉しかった思い出があります。

 

そこで、今回の記事は、“ 歩き方 ” に焦点をあてて

みようと思います。

つまりどうやったら、効率よく、もっとこの仏塔周りを

わかりやすく歩けるか…私なりに考えてみました。

なぜなら、私はどんなふうになっているかなど予習も

せずに行き、大仏塔と周辺の回廊やお堂はどこから

みても似たように見えるため、ぐるぐるまわって何度か

同じところに出てしまったからです。

 

ワット・プラパトムジェーディーは大きく分けると

地上からの高さで三層に分けることができます。

いわゆる道路からのアクセス部分にあたる地上層、

階段を上がりお堂がたくさんある中間層、

大仏塔に近い部分の最上層と、勝手に呼び名をつけて

分けてみました。

下の図で緑枠の仏像と、黒枠の御本堂、博物館は

中間層と地上層の間の層にあります。

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上からみるとこの図の様になっています。

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私は、たまたま2回とも南側の入り口から入りました。

上の図の仏像(緑色部分)に手を合わせてから、

中間層に上がり、4つの礼拝堂を参拝しました。

タイ人は参拝するとき時計回りにまわるのですが、

南側から入り、タイ人にならって時計回りにまわると

大仏塔とつながる主礼拝堂を参拝するのが最後に

なってしまいます。

 

実は私は右に行く癖があり、いわゆる反時計まわりに

まわってしまう習性があるので、南側から入ってつい

癖で右側へと向かったため、すぐに主礼拝堂を参拝する

ことになりましたが…

また、主礼拝堂のある東側から入ろうとすると、

始めて来た時は高い壁のところに門があり、中が

見えにくい構造になっているのでわかりにくいかと

思います。

 

そこで、今回、提案する歩き方は、

北側から入ることです。

 

北側駐車場から入り階段を上がり、中間層を時計回りに

進むように、回廊を右手にみながら歩き、

4つのお堂に入り、1周したら最後に北側から回廊内に

入り、さらに階段で最上層に上がって、

大仏塔脇の回廊を歩くという歩き方です。

 

中間層を進むとき、回廊の外側部分はこのように

仏像が祀られています。

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その仏像の間に回廊内への出入り口があります。下の

写真の中央部分の穴のようなところが出入口です。

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〖中間層〗北側の歩き方

 

北側の礼拝堂は、ウィハーン・プラ・ルワン

(วิหารพระร่วง)といい、ここには

立像が祀られています。

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この立像は、プラ・ルワンロージャナリット

(พระร่วงโรจนฤทธ์ฯ)といいます。

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この仏像は、KingRamaⅥが1909年に北の方を

訪れた時にシーサッチャナライ(スコータイ)の

古いお寺の礼拝堂の床下にみつけた仏像で、

掘り起こした時は、目立つ傷のない頭、手、足があり、

バンコクへ招来して、仏像を造らせました。

 

KingRamaⅣの王子によって、争いを禁ずる形態

(手の形)の立像として造られ、ワット・ポーにて

金を注いで完成させたものだそうです。

頭から足までの長さが約6.1m。

そして遺言により、KingRamaⅥの遺骨が台座部分に

安置されています。

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礼拝堂の前にはサーラ―が両脇にあります。

礼拝堂を前に左手側のサーラーには太鼓が、

置かれています。

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右手側のサーラーでは参拝者にお坊さんが読経を

されていました。

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北側から東側に移動するときは、

回廊を右手にまわるのですが、

この間の回廊には5躰の仏像、曜日の仏像8躰と、

13種類のポーズの仏像が祀られています。

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また右手側には小さな仏塔と神社がみえます。

この神社の入り口は地上層にあります。

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〖中間層〗東側の歩き方

 

東側の礼拝堂は、ウィハーン・ルワン

(วิหารหลวง)といいます。

大仏塔とつながる主礼拝堂です。

下から撮りました。白いところに金色の破風が

美しいお堂です。

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横からみたお堂を撮りました。。

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お堂の入り口部分です。

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入り口に祀られている仏像です。

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台座の部分にある紋章は、KingRamaⅤの王子のもの。f:id:at_yayoi:20200913162840j:plain

 

扉から入ります。

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入ると、中にはもう1つずつ左右に扉があり、

その扉の間にも仏像が祀られています。

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その扉から入ると…

大仏塔の側面に祀られている仏像と繋がっています。

その下には王家の肖像画などが祀られています。

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お堂内には古い壁画が残っています。

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さて、この主礼拝堂の前あたりには、御本堂、中国宮、

博物館などの建物があります。

KingRamaⅦによって建てられたという御本堂です。

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お堂の後方から撮りました。

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御本尊です。

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中国宮です。

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博物館の外観です。中は写真撮影不可となっています。

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御本堂と中国宮の間には急な階段があります。

ここからちょっと降りてみます。f:id:at_yayoi:20200913162514j:plain

 

下からみるとこんな感じの門になっています。

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階段をあがって戻ります。

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東側から南側に移動します。

また右手側に回廊をみながら進みます。

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この間の回廊には28種類のポーズの仏像が

祀られています。

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途中、小さな鐘楼が見えます。

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また、右手側の回廊と反対の左手側には下の方に

白い仏塔が見えます。

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〖中間層〗南側の歩き方

 

南側の礼拝堂は、ウィハーン・パンジャワッキー

(วิหารปัญจวัคคีย์)といいます。

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入り口にはKingRamaⅤの像が。

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入口です。

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残念ながらお堂内での撮影は禁止です。大仏塔が

修復されるまでの経過を表す絵が描かれています。

 

ここでお堂を背に駐車場のほうへ向かって

ちょっと階段を降ります。

右手側に小さな仏塔の上部分が見えます。

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降りて行くと仏像が祀られています。

仏像を前にすると後ろに見えるのが南側の礼拝堂で

その後ろに大仏塔が見えます。

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ここに祀ってあるのはドヴァーラヴァティー様式の

石灰岩製の仏像。椅子に座っています。

プラ・シラーカーウ(พระศิลาขาว)です。

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ナコンパトムの人々からは、学問にはげむ子供が

この仏像におまいりすると希望した学校や大学に

入ると信じられています。

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別の角度から撮りました。

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私がこのワット・プラパトムジェーディーを訪れて

初めて目にしたのはこの仏像なので、私には

大仏塔はもちろんですが、このドヴァーラヴァティー

様式の仏像の方が実は印象深いです。

 

再び、中間層まで上がって、最後の礼拝堂である

西側へと移動します。

この間の回廊には25種類のポーズの仏像が

祀られています。様々なポーズの仏像は、

66形態ありましたが、ここで終わりです。

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〖中間層〗西側の歩き方

 

西側の礼拝堂は、ウィハーン・プラノーン

(วิหารพระนอน)といいます。

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ここには寝釈迦仏が祀られています。

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優しいお顔立ちの寝釈迦仏です。

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この寝釈迦仏のお堂(西)から最初におまいりした

KingRamaⅥの遺骨を安置した北のお堂までの

回廊には、仏像とヒンドゥー教の神々の像が

祀られています。

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これで1周したことになります。

最初に参拝した北の礼拝堂が見えてきました。

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〖最上層〗大仏塔へのアプローチ

  

まずは、この大仏塔があるナコンパトムの地名ですが、

ナコン(นคร)は都、パトム(ปฐม)とは最初という

意味で、パーリ語起源の言葉、“最初の都”です。

 

現在のタイの領域で最初に現れた大国は、

ドヴァーラヴァティーという国で、

7世紀から11世紀にかけてタイ中部から東北部まで

広域にわたって広く分布していたモン族の国家だと

いわれています。

漢籍史料にも ダラハッテイ(堕羅鉢底)という名で

現れていて、隣国との位置関係から、そのうちの

一つが現在のナコンパトムあたりにあったといわれて

います。

 

紀元前3世紀くらいのことですが、インドのアショーカ

王がソーナとウッタラという長老たちを伝道師として

送り、仏教を広めた場所がセイロン島史の中では

”スヴァルナ・プーミに派遣した” とあるそうです。

 

ただ、そのスヴァルナ・プーミが現在のナコンパトム

あたりであるか、ミャンマーのタトンであるかは

まだ学説が別れるものの、ナコンパトムという説を

採用すると、歴史的背景もあわせて、この地を

”最初の都” と呼んでもおかしくはないわけです。

そしてその証拠として仏塔を建てたという仮説が

たてられたようです。

 

このお寺に来る間に通った道路名の表示や街灯は、

法輪と鹿をかたどったものになっています。

街灯の方は木にまぎれそうですが... 

車の中から撮りました。

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ブッダの教え及び仏教が人から人へと広まることを

喩えている法輪とブッダが最初に説法した

鹿野苑(ろくやおん)の鹿によって、ブッダの教えが

ここにあるということを示したもの。

仏教伝来の地にふさわしいシンボルが街中に

ありました。

  

その後、時代は流れ... 

KingRamaⅣが出家され、森林僧のグループの所に

お出ましになった時に仏塔の上の方のプラーン

(とうもろこし状の部分)をご覧になったそうです。

そして出家が終わり、王位について1853年ころから

もとの仏塔をおおうような形で高さ120m45㎝の

(外側の)大仏塔、及び周囲には4つの礼拝堂と

回廊を供えた形で建て始めました。

そして、この仏塔は現在のインドシナ半島に建てられた

最初の仏塔であると考え、プラパトムジェーディー

(最初の仏塔)と名付けられたそうです。

 

もとの仏塔ですが、中間層にあった主礼拝堂の中の

壁画に現在の仏塔の断面図のような絵があります。

その中にはもとの仏塔が描かれています。

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先ほどの中間層の東側から南側に移動するとき

左手側に見えたこの白い仏塔がそのレプリカだと

思われます。

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しかし完成を見る前にご逝去され、大仏塔は

KingRamaⅤの時に完成。

KingRamaⅥは主礼拝堂を修復、壁画も描かせ、

プラ・ルワンロージャナリットを

安置するために北側のお堂を新しく建てかえました。

そしてKingRamaⅦは御本堂を建てられました。

それがこのお寺、大仏塔の歴史です。

 

 

〖最上層〗大仏塔の歩き方

  

北の礼拝堂の手前にある出入り口から回廊の内部へと

入り、仏塔に1番近いところに上がります。

ちょうど写真に写りこんだ、立っている人がいる

ところが回廊内部です。

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入ると回廊内側には仏像が祀られてはいなくて、

ちょっと用具などが置いてあったりします。

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でも見上げると大仏塔が!

ようやく大仏塔にたどりつきます。

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大仏塔の脇の回廊に上がる階段です。

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回廊部分を、大仏塔を右手に見上げながら歩きます。

また、各礼拝堂の後ろ側には仏像が1躰ずつ祀られて

いて、大仏塔の方から見ることができるので、

お堂の後ろの仏像を左手にみながら進みます。

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歩き始めると、左手下方に先ほど歩いた中間層の

礼拝堂の後ろ側部分がみえてきました。

北の礼拝堂の手前にある出入り口から入ったので

まず見えてきたのは北の礼拝堂。

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プラ・ルワンロージャナリットが祀ってあるお堂の

後ろ側に祀られている仏像です。

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そして歩き進むと、次に見えてくるのは東側の

主礼拝堂の内部です。

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主礼拝堂はお堂の後ろ側が開いていて大仏塔の

側面の龕(がん)という塔の下や側面に作った

小室に祀られている仏像とつながっています。

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そのまま時計回りに進むと次のお堂は南側の

礼拝堂。大仏塔ができるまでが描かれた

壁画のあるお堂です。

このお堂の後側に祀られている仏像です。

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残るお堂はあと一つなのでもう1度仏塔を

見上げて中間層に降りようと思います。

遠くからはわかりにくい仏塔のタイル部分を

撮りました。

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そして最後は西側のお堂、寝釈迦仏のお堂の

後側に祀られている仏像です。

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最終的にこの西のお堂ウィハーン・プラノーンへの

出口から回廊の外にでると、基本的にこのお寺の

全てを見た感じになります。

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今回の記事では、車で行く場合は、

この北側のお堂が見えたら駐車して、

ここから入ることをお勧めしておりますが…

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どの方角の入り口から入ったか、初めに見た

お堂の特徴を覚えておけば、帰りに迷わないかと

思います。

お疲れさまでした。

 

 

<ワット・プラパトムジェーディー>  

 

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 正式名称  วัดพระปฐมเจดีย์ 

                      Wat Phra Prathom Chedi

     タイ王室寺院第一級に格付けされています。

 

 所在地  27 ถนน เทศา ตำบลพระปฐมเจดีย์

     อำเภอเมืองนครปฐม นครปฐม 73000

                  27 Tesa Rd, Phra Prathom Chedi
                  Sub-district,
                  Mueang Nakhon Pathom District,
                  Nakhon Pathom 73000
 
 
 
 
 
今回の記事は、
dhammathai.orgのサイト、及び

『物語 タイの歴史』『仏陀 南伝の旅』

『タイ謎解き散歩』などの本を参考に

書きました。

 

お読みいただきありがとうございました。

@yayoi