ワット・ニウェートタンマプラワット アユタヤー
サワディーカー。
@yayoiです。
海外に出て20年以上経つ友人と15年以上経つ私が
出掛けると、たまにもう日本に存在しているのか
廃墟となっているのかわからない建物や
テーマパークが思わず口からでることがあります。
このお寺に向かった私達、
対岸からこのお寺の様子をみた時の一言は、
ハウステンポスならぬ “ あれはオランダ村??? “
そのくらい、お寺に来たのではなく
どちらかというと、これから
テーマパークに向かうような気分になる、
そんなたたずまいのお寺が今回のお寺です。
ズームして撮ってみたら、
確かにお坊さんのお姿を発見!
やっぱりお寺です。
ワット・二ウェートタンマプラワットの歩き方
このお寺の立地をGoogle Mapで見てみると、
チャオプラヤー川にある細長い中洲の中に
建てられていることがわかります。
中洲は下の方が尖った縦に細長い三角形の
様な形をしています。そして、
対岸にはバーンパイン宮殿があります。
そこで、お寺をいくつかのゾーンにわけて
歩こうと思います。
細長い中洲に建てられたお寺は
4つのゾーンに分けることができます。
このお寺は、KingRamaⅤが
1878年にバーンパイン宮殿の対岸に、
西洋の礼拝堂に似せて建てたお寺です。
お寺の名前になっている
ニウェート(นิเวศ)とは
邸宅、王宮などの意味があります。
今回の前編では、お寺へのアプローチと
Aゾーン、Bゾーンを歩きます。
川の中州にあるお寺へのアプローチ
バーンパイン宮殿の
手前に、中洲に渡るための
ケーブル乗り場があります。
お寺へ行くときはこの駐車場に車をとめ、
ケーブルで渡る以外、
お寺へ行く方法はありません。
ケーブル乗り場への入り口です。
入って行くと乗り場は2か所にあります。
この写真は、宮殿に近い方の、
入って右手側のケーブル乗り場です。
対岸の乗り場がすぐ目の前に見えています。
左の方を見ると行き来している
ケーブルが見えます。
この時間は入って左の方の乗り場の方だけで
運行しているようです。
ということで、そちらに向かいます。
見渡すと、先ほどの地図で下の方になる
三角形の尖った部分には灯台があります。
向こうからお坊さんたちがお乗りになった
ケーブルが来るのが見えます。
私達も乗り込んでケーブルは出発。
静かにあっという間に対岸に着きます。
降りて来たケーブルの乗り場を
下から撮りました。
ケーブルはいわゆる無料で、
寄付の箱があります。
この乗り(降り)場を後にすると、
のどかな風景が広がります。
こちらは僧房の様です。
素晴らしい僧房を眺めながら
息子をこのお寺で出家させたいねと
友人とそんな話をしながら先に進みます。
布薩堂はもう少し先です。
ようやく布薩堂の後ろ側が見えてきました。
入口は反対側です。
Aゾーンの周囲を歩く
まずは、Aゾーンとしたところですが、
ここは僧房で一般の人は入れません。
そこでちょっと外から写真を
撮るだけです。
ここからが僧房です。
入口の様子です。
ケーブルを降りて歩いて来た時に
左手側に垣間見える僧房の様子です。
たまに窓が開いているところもありました。
ヨーロッパ調の建物が並ぶBゾーンを歩く
次にBゾーンとしたところは、
博物館やダムロン親王の邸宅や
ヨーロッパ調の建物が並ぶ場所です。
僧房を過ぎたあたりに入り口があります。
この辺りの建物を対岸から見て、テーマパークの
様に見えたのだと思います。
様々な建物が並びます。
そして、ひときわ目をひくこの建物は
ダムロン親王の邸宅となっています。
1883年にKingRamaⅤの命で、王族として
初めてこのお寺で出家されたダムロン親王が
お住まいになった建物。
もとは住職のための僧房として
建てられましたが、小さいとのことで
王族が出家されるときの
お住まいとして使われるようになった
建物だそうです。
そして、もう1つ。
ダムロン親王の邸宅と布薩堂の間に
建っている建物があります。
平屋建てのこの建物は
もとは大講堂として作られ、現在は
KingRamaⅤの博物館となっています。
布薩堂の裏手にあり、
窓に布薩堂が写っています。
この建物を裏側から撮りました。
そこにはKingRamaⅤの師である
Palad Sa-ngiam氏のメモリアルもあります。
そして、このゾーンで見かけた印象的な
もう1つは、沙羅双樹の木。
次は布薩堂周りのCゾーンへを
歩く中編の記事へと続きます。
お読みいただきありがとうございました。
@yayoi