
タイの仏像研究 Ⅶ
サワディーカー。
Luna(流転那)です。
タイ期に入ってからの
仏像を眺めています。
ランナー様式の仏像と
スコータイ時代の仏像について
書いた前回の記事です。
スコータイ時代と仏足跡信仰
スコータイ時代の特徴の1つに
あるのが、上座部仏教の伝来により、
スリランカより仏足跡信仰が
もたらされたことでした。
ブッダが涅槃に入られてから数百年の間、
インドではブッダを人の姿ではなく、
象徴物で表していた時期があります。
その1つが足跡です。
ブッダの足跡の形を石などに彫り付け
画いたもので、菩提樹や法輪などと共に
仏像が造られる以前からブッダそのものを
表現したものとして、信仰の対象に
してきました。
漢字では仏足石、仏足跡と両方が
使われます。
タイでは珍しいこちらの青銅の仏足跡は
現存するタイの最古の遺物の1つです。


スコータイ時代とヒンドゥー神像
スコータイの王たちは
上座部仏教を崇拝すると共に、
宮廷内には儀式や暦などを調整する
バラモン僧の存在がありました。
その人達が礼拝したヒンドゥーの神像も
あります。

破壊と創造の神である
シヴァ神です。

宇宙の創造の神である
ブラフマー神です。

宇宙の繁栄と維持の神である
ヴィシュヌ神です。

ハリハラ神もあります。
ヒンドゥー教の2つの偉大なる神の
合体で、右半身がシヴァ神(ハラ)
左半身がヴィシュヌ神(ハリ)を
表わしています。


タイ固有の国民美術であるアユッタヤー美術
タイのナショナルヒストリーの
初めとなったスコータイが
衰退し始めたのは、
スコータイの南側で成立した
アユッタヤーからの攻撃により
属国となったことからでした。
そのアユッタヤーも以前から存在した
チャプラヤー川流域の小さな国の
政治権力を継承したもので、
それはアヨータヤーという名称であった
という説が現在では一般的です。
チャオプラヤー川下流域には
スパンブリーとロッブリーという
2つの勢力が大きくなっていて、
その2つの勢力の王女とそれぞれ
婚姻関係をもったウートーン王が
その2つの勢力の中間でもあった
アヨータヤーを王都としたのが、
アユッタヤー朝の始まりと言われています。
現在のワット・プラシーサームペーㇳの
近くにあるウートーン王こと
ラーマ・ティボディーⅠの像です。
アユッタヤー王朝の初代王です。

このウートーン王を中心に
栄えた美術はウートーン様式
(ウートーン美術)
または、プレアユッタヤー様式とも
呼ばれます。
アユッタヤー美術の特徴には、
いくつかありますが、
仏像ではウートーン様式や
スコータイ様式の仏像の流布や、
宝冠仏や石仏の流行などがあります。
また、この時代は仏教壁画や
絵画なども残るようになり、
仏教の経を入れる経典箱などの
工芸美術も盛んになってきました。
バンコク国立博物館の
アユッタヤー美術の展示の
部屋の様子です。


アユッタヤー美術の仏像の流布
まずは、ウートーン様式やスコータイ様式の
仏像の流布ということですが、
ウートーン様式の仏像を
アユッタヤーの
ジャウサームプラヤー博物館の
展示の中に見つけました。
頭上からラッサミーと呼ばれる
火炎状のものがつきでているという
ロッブリー美術の影響を反映させている
ウートーン美術の仏像です。
*仏像と一緒に写真を撮ってはいけないという
表示がある仏像です。

もう1つ、特別展で
展示されたものもあります。
これもクメールの影響を受けた
ウートーン美術です。

博物館の外ではアユッタヤーの
ワット・パナンチューンに
安置されている仏像があります。

このお寺とお寺付近は、
アユッタヤーが都になる前の26年間
都があった場所と言われていて、
この仏像もアユッタヤー朝成立の
26年前に造られたということなので、
ウートーン美術に分類されると
言えるようです。
高さ19mの大仏です。


最後はバンコク国立博物館内にある、
ワット・プラシーサームペッㇳ出土の
仏陀頭部です。
弓を張ったような眉や切れ長の半眼、
鷲鼻などにスコータイ様式が
見られます。
一方で頭髪と額との間に細長い帯状の
ものがあり、この点ではウートーン
様式の影響も見える仏頭です。

宝冠仏や石仏の流行
次は仏像の流行ですが、
砂岩の石仏はロッブリー美術には
多いのですが、
アユッタヤー美術の砂岩の仏頭は
バンコク国立博物館の特別展の
展示から見つけました。

そしてもう1つの流行は、
アユッタヤー後期になってからの
宝冠仏です。
宝冠仏は、身体中を装飾したもの、
身体の一部に装身具を施したものが
あります。
身体中を装飾したものの1つが
こちらです。

身体の一部に装身具を施したものの
1つがこちらです。

アユッタヤー美術の経典箱
アユッタヤー美術の最後に
仏像ではありませんが、
この時代の特徴とも言える
経本を入れる厨子としての経典箱
経厨子が多く作られたことがあります。
もとは衣服を入れる家具ですが、
持ち主がこの世を去ったあとに
お寺に寄進されたものを、
中の衣類をほどいたもので経を包み
箱の中で教本を保管するというものです。
当時の経は貝葉でできていました。
高さが2mくらいあり、
前面に扉がついています。
バンコク国立博物館の
プラ・ウィマーン(中央宮殿)内に
展示されているこの厨子は、
現存する最古の黒漆螺鈿細工の1つです。

アユッタヤーの部屋には仏像などとともに
いくつかの経典箱が展示されています。

私が個人的に好きで、
行くとつい見入ってしまう
経典箱があります。

ブッダの前世のジャータカ物語を
画いたもので、彫り物が素晴らしいです。

続きます。
お読みいただきありがとうございました。
Luna(流転那)


