ワット・パトゥムコンカー バンコク
サワディーカー。
@yayoiです。
このお寺は、中華街のはずれにあって、
チャオプラヤー川からはちょっと中に入った
ところにあります。
参拝した時に布薩堂が閉まっていたり、
せっかくお堂内に入れたのに
奥まで入って行っていいのか迷って、
壁画がよく見れなかったりということがあって
私は毎年のようにもう4回は訪れています。
小さいながらも王室との関りが深く、
中華街の歴史にも関係の深いお寺です。
中華街はなぜここにあるのか?
このお寺の歴史を探ってみると、
バンコクの中華街の歴史にとても関りが深い
お寺だということがわかります。
バンコクの中華街とは、タイ語では通りの名前から
ヤワラート(เยาวราช)と呼ばれています。
下の地図がヤワラート地区(中華街)です。
緑のマーカーがヤワラート通り。
現在のラッタナコーシン朝に時代が変わるころ、
その前の王朝であるトンブリー王朝の都は、
チャオプラヤー川の西側にありました。
ラッタナコーシン朝の1代目の王である
KingRamaⅠは、チャオプラヤー川の東側に
都を作ろうと考えましたが、
そこにはバンコクで中国人が作った街がすでに
ありました。
そこで、すでにあった中国人の街を
ワット・サームプルーム運河
(現在のワット・チャクラワード、ワニのいる寺)から
ワット・サムペン運河
(現在のワット・パトゥムコンカー、処刑石のある寺)
辺りの地区に移動させました。
下の地図でみてもわかるように、二つのお寺は
ほぼ一直線上に並んでいますが、その周辺には
それぞれ運河が流れていたようです。
このワット・サムペンというのが、今回の記事の
ワット・パトゥムコンカーです。
お寺の前には、現在はソンワート通りという
小さな通りがあり、それが、ワーニット1通りに
つながりますが、以前のワット・サムペン運河が
サムペン通りとなり、現在はワーニット1通りという
名前で呼ばれています。
黄色い線がワーニット1通りです。
現在、地下鉄MRTが下を通っている
ジャルンクルン通りと
サムペン通り(現在のワーニット1通り)の間に
ヤワラート通りができたのはKingRamaⅤの時代。
1番最後にできた通りですが、今はこの地区の
呼び名になるほど、地区の商業の中心地となり、
もともとあったサムペン通りは
新しい通りに押されるようにして、名前も
ワーニット1通りへと変わっていきました。
しかしながら、ワーニット1通り付近には
古き良きタイというか、
現在でもゆったりとした時間が活気ある市場と
混在しながら流れている感じがします。
この通りをちょっと西の
ワット・チャクラワードの方に向かって行くと、
有名なサムペン市場のある地域。
その途中にちょっと目をひく古い建物があります。
バンコク銀行です。
ガルーダを中央に、左右にドラゴンがいます。
商業地区の一角で、人々と電線に埋もれそうにして
立っている建物です。傘の下はお店です。
なぜ中華街のはずれにあるお寺なのか?
このお寺は、元の名をワット・サムペンといって、
アユタヤ時代からある古いお寺です。
先に書いたように、商業地区がサムペン通り
(現在のワーニット1通り)から、
ヤワラート通りや北側の方へと移っていったことで、
今回のお寺、チャオプラヤー川の近くにある
ワット・パトゥムコンカーは
商業地区の中心地からはちょっと離れていき、
今では中華街のはずれにあるお寺という印象です。
とても静かなこのお寺は、数回の修復を経て
現在に至っています。
KingRamaⅠの時代にKingRamaⅠの弟である
スラシンハナート副王によって修復され、
父君に献上され、お寺の名前も現在の
ワット・パトゥムコンカーと名付けられました。
その後のKingRamaⅢの時代に、このお寺は
荒廃しかけたため、プラヤーサワディワーリーと
いう方が修復を始めましたが、修復を終える前に
亡くなったそうです。
それを引き継ぐ人がいませんでしたが、
後にKingRamaⅣの命で再び修復されました。
ヤワラート通りから、ワット・サムパンタウォン
のあるソンサワット通りを入り、
ワット・サムパンタウォンを右手に見ながら
進むと突き当りに交番が見えてきます。
角に立つ標識。
この標識の横に立って、交番を前に
左手側がソンワート通り、
右手側にワーニット1通りがあるのですが、
ワーニット1通りの入口には、ハスの花など
ピンクで絵が描かれた建物が立っています。
左手側のソンワート通りの様子です。
お寺は交番の横にあります。
このソンワート通りから
ワット・パトゥムコンカーに入るための門は
二つあります。
交番のすぐ脇にある門です。
ここを入ると、左手側には仏塔と駐車場が見え、
右手側には菩提樹と処刑に使われた石が
祀ってあります。
この門を通り過ぎ、お寺を右手に見ながら
ソンワート通りを進むと、もう1つの門があります。
通りの方から塀の内側に仏塔が並んでいるのが
見えます。
逆光になるので、こちらは門をくぐってから
撮りました。
このお寺のシンボルであるハスの花が
きれいに描かれています。
この二つの門のちょうど中間あたりの向かい側には、
ワット・パトゥムコンカー学校があります。
こちらも入り口にハスの花が描かれています。
ちょっと中に入って行ってみました。
日曜日だったので閉まっていて静かでした。
お寺と周囲の位置関係
お寺の伽藍図と周囲の位置関係です。
今回はヤワラート通りの方から来て、
①の門から入り、
②から⑥までを順に歩き、
⑧の門からでる
この様な歩き方で参拝します。
記事内にでてくる番号は下の図にでてくる
番号で位置を指します。
まずは①の門から入ります。
入ってすぐ左手側を見ると、
門から続く塀沿いに仏塔が並んでいます。
また、それらの仏塔と垂直に、
奥に向かって仏塔(②)が並んでいますが、
その間に車が駐車されています。
処刑石の祠と菩提樹を参拝
門をくぐると、右手側には駐車された車の奥に
処刑石の祠(④)と
その横には大きな菩提樹(③)があります。
寺院内を参拝している人は見かけなくても、
この辺りいつもなぜか、ほとんど車で
埋め尽くされています。
仏塔を背に撮った菩提樹と祠です。
幹がしっかりとした菩提樹です。
処刑石の祠です。
祠はしっかりと囲われています。
開いている時もありました。
KingRamaⅢの治世下の1848年に、反逆を計画した
KingRamaⅠの33人目の王子を処刑した時の石が
祀ってあります。
長さが約152cmくらいある大きな石です。
他にもある建物を右手に見ながら進むと、
お寺の敷地の方に入っていくことができます。
敷地内へ ~鐘楼と大講堂~
入ると右手側には僧房や鐘楼(⑤)があります。
別の日に撮った別角度の写真です。
下には太鼓があります。
それらを右手に、回廊の外壁を左手に見ながら
さらに進むと大講堂(⑥)の前にでます。
別角度から撮った大講堂全体の様子です。
大講堂と門の間はまた車で埋め尽くされていて、
その反対側には、回廊で囲まれた
布薩堂と仏殿(⑦)があります。
大講堂の前に立って、回廊の外側を撮りました。
いよいよここから回廊で囲まれた中に入ります。
後編に続きます。
お読みいただきありがとうございました。
@yayoi